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♯10 自己を追求する-自立への道2019-12-24

<先週木曜日のブログに続きます>
今年もあと一週間あまりとなりました。自らの留学体験を述べさせていただき今年のブログを終了しようと思っています。

1979年から81年、私が留学したアメリカ、サンフランシスコでの日常は、それまでの日本での学校生活では考えてもみなかったことが豊富にありました。新たな友達との出会い、大学での授業の違い、祖国から難民(レフュジー)としてアメリカに来た人々や戦争を体験した人々が身近にいる環境、1年と9か月の留学生活はあっという間でした。
この間、私は一度も日本に帰りませんでした。時間と費用、そして異文化の暮らしに慣れたせいでしょうか、帰国した場合の再適応ということを考えると、正直なところ日本に一時帰国することがとても煩わしいことに思えてなりませんでした。

この間、自らのサバイバル作戦は、今までにすでに述べましたが、ひとことで言えば、受け身から能動への学習というのが自身のサバイバルであったように思います。少なくともアメリカでは暗記学習からは解放されたように思います。
更には、学ぶということ、学習することに日本に居た時よりも苦痛や不安を感じることがなかったように思います。自分で考え、自分で決めて、自分で計画を立てて実行した留学であるがゆえにそれが出来たと思います。

留学が終わって日本に帰国した時、すべてがコンパクトにできていて、とにかく人の多い日本に慣れるまで数週間かかったように思います。
帰国して数日間、ぼやっとして祖母が見ている時代劇をテレビで見ていて、その身分の差に「なぜ同じ人間なのにこのような不平等が成り立つのか」と欧米人のような発想を持ったこともありましたが、それが長続きすることはありませんでした。

帰国してから1か月余り、私は高校教師と留学コンサルタント、いずれかの選択を迫られました。結局、自由度の高いコンサルタントを選択したのですが、英語を教えることは、コンサルタントになってからも継続しています。そして、今でも教えることは、嫌いではありません。
つづく