ボーディングスクールの多様性理解2017-08-14

ボーディングスクールには、インターナショナルデイ、カルチュアルデイ
などの異文化紹介のための特別な日があります。
その内容は、各国の文化的な慣習、衣装、食べ物などを
それぞれの国の生徒たちが披露するというものです。
この試みにボーディングスクールの異質なものを積極的に受け入れる
姿勢が明確に示されていると思います。

日本では、異質なものは排除される傾向があります。
その典型例がいじめではないかと思います。
異質なもの、変わったものは、グループのなかから、
排除されることが多いのではないでしょうか。
中等教育機関であるボーディングスクールへの留学であっても、
日本からの留学生がいじめという被害にあうケースは、
現地の生徒からよりも日本人同士の場合のほうが、
報告されている例では多いのが現実です。

いじめ(bulling)は、ボーディングスクールでは、厳しく罰せられます。
物理的暴力だけではなく、言葉による暴力もいじめの対象になります。
Make a difference、You are specialを標榜し、個性や特性を大切にし、
全人格的教育(Whole person)を目指すボーディングスクールが、
いじめに対して、厳しくあるのは、彼らの教育のありかたとして
当然のことなのです。

英語圏のボーディングスクールでは、
これから多様性の重視はより徹底されると思います。
なぜならば、教育も国境を超える時代になりつつあるからです。
スイスのインターナショナルスクールの年間経費が1000万円以上、
かかるにも関わらず、第二次大戦後から現在に至るまで、
成長を続け、50か国以上の国々からの生徒が学んでいます。
アメリカにおいても、300校を超えるボーディングスクールで、
自国の生徒のみで運営されている学校はないといえます。
この現実を見ても、良い教育を世界で選ぶということが、
少しずつ定着しているように思います。

経済に国境がなくなりつつある現実を考えれば、
教育もその傾向があって当然なのかもしれません。
つづく

日曜コラム 息子たち2017-08-13

お盆休みで長男が帰省しました。
養蜂を営む次男は、今の時期、烏山椒(カラスザンショウ)の採蜜で
忙しく、帰省がままなりませんでした。

名古屋で病院に勤務している長男は、盆と正月、年に2回しか
家に帰ってくることはないので、今週末3日間は、
彼との面と向かって話ができる貴重な機会です。

次男の養蜂については、あと2年後くらいに、より積極的にバックアップを
したいと思っていますが、サラリーマンであるところの長男については、
親がとりたててバックアップをする必要もありません。
家内は時々、電話で長男とは話していますが、
30歳になった彼に対して、家内の関心事はもっぱら婚活状況にあります。
家内だけでなく、私の妹、弟も熱心に彼のパートナー探しを
してくれますが、当の本人が今一つなのが、今の若者の実際なのでしょうか。

ある留学生のお母さんに長男の婚活のことを話すと、
ご自身の昔を振り返って、実の親よりも、叔父、叔母にあたる人が
熱心にお相手探しに奔走してくれたこと話されていました。

仕事柄、10代の若者とは多く接していますし、
彼らが高校から大学になる過程も垣間見る機会も多くあります。
それらの経験から、息子へのアドバイスができないものかとも
思ってみるのですが、彼がアドバイスを必要としているかどうかが、
根本的な疑問として残ってしまいます。

長男は、私の意思を汲んで、高校留学をしました。
次男は、留学よりも日本で自分の好きなことをする道を選びました。
ともに自立をして、自分の道を歩き始めてから、数年が経ちました。
これからの道を考えるのは、彼らの専権事項なのですが、
そのような観念的な思考を子どもとの会話の中で成り立たせることは、
とても難しいように思います。

親しい友人と会うと、孫の話が多くなりました。

「あと10年もすれば、そうなる」と私は思っているのかもしれません。
あるいは、孫自慢は親の恒として、友を立てて良い聞き手に
なっているのかもしれません。
いずれにしても、もし孫が出来たらという仮定はまだ具体的ではありません。

これからも息子たちとの対話は続きます。
すでに、自身の親との対話はできなくなってしまいました。
新たな世代に何を伝えるのかなどと、
肩の凝るような話はとにかく、いつまでもすなおに、お互いの今について
語れればいいと思います。

休日コラム お盆2017-08-12

「お盆て何」、お盆休みの連休が始まる初日に、
剣道の稽古に来ていた小学生の妹が自分のお兄さんに尋ねていました。
「知らない」が小学生のお兄さんの答えでした。
ご先祖さまの霊をお祀りする日本の伝統行事という簡潔な答えを、
彼らは、スマホや自分の家にあるパソコンで見つけるでしょうが、
小学校の高学年の子どもが、「お盆」という単語の意味を知らないことが、
現代の盲点のようにも思えます。

半世紀前の子どもたちにとって、お盆の時期の楽しみというと
蝉取りや魚釣りという自然を相手にしたものが主流であったと思います。
自身の思い出のなかに、「お盆に殺生はいけない」ということで、
蝉を取ることも、川に釣りに行くことも母や祖母から
禁じられたような記憶があります。

日が沈むころに、実家であるおばあちゃんの家に行き、
迎え火といって、藁のようなものを大人が燃やすのを親戚の子どもたちと
ながめて、その後、親戚のおじさんたちが、酒盛りをするなか、
母やおばさんたちは、台所で立ち働き、
子どもたちは、おはぎやごちそうを食べていたように思います。
この風習も、四半世紀後くらい、当時の子どもたちが成人に近づくころには、
薄れて、親戚同士が実家に集まるという風習は残ってはいても、
子どもたちは、それに参加しないようになっていったように思います。

話は変わりますが、
お盆にまつわるエピソードの一つに、アメリカでの盆踊りがあります。

岐阜県郡上郡に伝わる「郡上踊り『春駒』を郡上郡美並村の中学生、
30名あまりがペンシルバニア州、ランカスター披露した時のことでした。
村の異文化交体験プログラムで彼らはランカスターを訪れ、
2週間ほどのホームステイをしていたのですが、
日本の文化紹介として、郡上踊りを地元の教会で披露したのでした。
すると、それを見ていた日系三世の若い人が、
これは、死者を現世に呼び戻す踊りであり、私たちにはふさわしくない」
といったことを、受け入れ団体のリーダーにささやいたのです。

私は、それを聞いたとたんに頭に血が上りました。
冷静に考えれば、日米の生死観の違いなのでしょうが、咄嗟に
What are you talking about? This is our traditional folk dance.
We just show the respect to our ancestors. 
というようなことを、怒鳴っていたように思います。
敬虔なクリスチャンである現地受け入れ団体のリーダーは、
I do not much about your tradition but this should be all right.
ということで、「郡上踊り」はつつがなく終えることができました。

これからの時代、お盆に蝉取りや魚釣りに夢中になる子どもたちは、
激減していることでしょう。
盆踊りもその起源について、根本的な疑問を提起する
クリスチャンの人たちもいないと思います。

文化の伝承と継続、少しでもそれに貢献できたらと
個人的には思っています。

休日コラム お盆の交通渋滞2017-08-11

お盆の交通渋滞、日本中が大騒ぎをします。
毎年のことですが、日本の主要高速道路は、
40キロから50キロという大渋滞です。
その情報は即座に情報ネットワークに乗せられ、
マスコミを通じて流されます。

渋滞している現場からの中継だけでなく、
その渋滞を報道の車が走って、渋滞を抜けるために
どれだけ時間がかかるかという
とても丁寧な渋滞情報がワイドショーなどで提供されます。

毎年、この時期、同じことが繰り返されています。

それを当たり前のこととして、見る側も受け入れ、
数珠つなぎになった車列をみては、
「すごい、ひどい、たいへん」といった感想を口にします。

テレビで交通情報センターなる所が紹介されました。
横長の大きなスクリーンに高速道路の多様な情報が映し出されていました。
交通管理という面からいえば、必要な情報なのでしょうが、
果たして、人々の生活面でどれだけの貢献が
あるのだろうかと疑問に思います。

お盆の時期の渋滞は、天気予報よりも正確に伝えられます。
回避の方法ももちろん示されます。
それでも、渋滞は起こります。
それならば、管理にお金をかけるよりも、高速道路の高い料金を下げて、
利用者の便宜を図るほうが良いのではないかと思います。
渋滞であってもなくても、高速料金はもちろん変わりません。
それが、知らされていなければ、
「払い戻し」を叫ぶ利用者もいるかもしれませんが、
誰もが、高度な管理システムを頼らなくても、
報道があってもなくても、過去の経験から、
渋滞予測は確実にできると思います。
渋滞にはまる人たちは、ほぼ4-5時間は
仕方がないと思っているのでは、ないでしょうか。

アメリカの高速道路は無料です。

有料の高速道路は、ターンパイクと呼ばれますが、
その料金はせいぜい2ドル程度です。
毎日が渋滞のロサンゼルス、ニュ―ヨーク、ボストンなどは、
淡々と交通情報がマスコミによって流されますが、
渋滞の実況中継などはないように思います。

日本に比べれば、いかにも大雑把でいい加減ともいえるアメリカですが
高速道路については、とても利用者にとってフェアーであるように思います。


#3 長野にあるボーディングスクール-ISAK2017-08-10

<昨日のブログに続きます>
ISAKの現在の総生徒数は、高校1年から3年までの3学年で170名あまりだそうです。アメリカのランク5のボーディングスクール(テンスクールズ)およびランク4のESLのないボーディングスクールの総生徒数(平均すると450名程度)と比較するとかなり少ない数です。
この学校は、設立から3年の新設校です。総生徒数をどの程度まで増やすのかを確認すると最大で220名だそうです。アメリカのボーディングスクールが吸収、合併などでその規模を大きくしていくのに比べると、とても控えめな学校の将来像と言えます。
その学校規模で在校生の国籍は37か国におよび、来年には57か国になる予定だそうです。この生徒の多様性は、日本にある学校のみならず、世界のボーディングスクール、インターナショナルスクールでも類をみないものです。

この学校は、個人あるいは、組織によって作られたのではなく、発起人の人たちが、学校創立の理念とその構想を掲げて、それに賛同してくれる人、組織、団体などからの寄付によって作られたそうです。
敷地面積やボーディングスクールとしての私設や設備は、アメリカ、イギリスの伝統的なボーディングスクールと比べると、大人と幼稚園児ほどの差があると思いますが、先日のブログでも述べましたが、そこに集う生徒、そして学校を支えている先生たち、マネジメントスタッフの学校に対する専心と愛情は、いずれのボーディングスクールと比較してもひけをとるものでありません。

この学校の特筆すべきことは、学校での生活規則は生徒が自主的に自分たちで作っていくというところにあると思います。生徒たちに学校運営の大きな部分に参加させています。
学校規則を公開しているボーディングスクールはたくさんありますし、その方面の専門家に依頼すれば、短期間で生徒管理の基本は作ることができます。
それを生徒の自治に任せるとなると、それだけで途方もない時間がかかることは明白です。それでもこの方針を維持しているところに、ISAKスタッフの学校運営の意識の高さと生徒の自立精神の尊重をうかがい知ることができます。

日本の日本人による世界のための学校として、私はISAKを誇りに思いますし、これからの成長に期待しています。