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日曜コラム 危機感について2019-02-10

危機感は個人的なレベルから国家的レベル更には地球的なレベルで
とても大きなエネルギーを生み出す人の感情ではないかと思います

国家レベルの危機感、その好例を日本の明治維新に挙げることができると思います

日本がそれまでお手本にしてきた中国がアヘン戦争でイギリスに敗れ
欧米に侵略されるのを目の当たりにした維新のリーダーたちは、
「次は日本」という危機感を抱きました
結果、極めて短期間の間に、日本を欧米に負けないような強い国にしました

日本に関してもう一つの危機感があるとすれば第二次大戦敗戦ではないでしょうか

この時は日本に住む人々すべてが危機感をもったのではないでしょうか
どん底的な貧しさから這い上がるためにみな危機感をもって一所懸命に
生きた時代が敗戦後の昭和という時代だったように思います
戦争で生死の境を体験した人たちが復員しどん底から這い上がるとともに
戦争に参加しなかった人たちも多くが生死の境を経験しました
その危機感が生んだエネルギーはすさまじく、逞しくあった故に
日本は、世界が驚く復興を遂げたのではないかと思います

話は全く変わり、個人的な例で恐縮ですが
私がサンフランシスコ郊外のカレッジオブマリンという公立大学に留学した
1979年4月からの2年間、留学生組で一番強かったのは
ベトナム人難民(refugee)だったように思います
体力的にも言語面や文化面でも決して優位ではない彼らでしたが
その学習力、順応力に私は驚いたものです
帰る国がないという危機感が彼らをして生きるエネルギーを
燃焼させたのではないかと思います

「危機感」を中等教育課程で教えられないものかと思います
アメリカボーディングスクールはそれを実践しているように思います

ボーディングスクールの歴史や国語の授業で議論されるのは、
歴史的事件の背景であり原因と結果です
年代と事件の概要を暗記することではありません
また文学作品においては、作者の意図が議論の主たる内容になります
そこには危機感という人をしてエネルギーを発する要素が沢山あります
ボーディングスクールの先生たちはそれを見逃さず
議論のテーマとしていと思います

おそらくは、日本の中等教育に携わる先生たちも生徒に暗記させるための
授業でなく、彼らに考えさせ、行動を起こさせ、ひいては
自利利他の精神を築くための授業をしたいのではないでしょうか

日本が経験した歴史上の危機感がこれから
どのような形で起こるかそれは誰にもわかりません
教育が、自ら危機感を作り出しそれを解決する方法を
学ぶための生きていく力の糧になってほしいと私は思います

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