アメリカの大学、日本の大学2018-04-12

アメリカの大学を6校訪問してみて、留学のコンサルタントとして、
教育を改めて考えさせられました。
大学の在り方、そこで学ぶ学生の在り方、そして新たな世界が
求めるものと最後の教育機関としての大学の役割など、
いろいろな思いが心に浮かんできます。

ボーディングスクールという中等教育機関を中心にコンサルタントとして
活動してきましたが、そこで見たこと、聞いたことの延長線上に大学があると
確信しました。

アメリカは学校の作り方の基本が似ています。

学習分野別に建物がわかれているところ、寮の広さ、構成、管理の仕方、
教える側と教えられる側との関係性など、ボーディングスクールが
成長した結果が大学になると私は確信しました。
その根本にあるのは、そこで学ぶ人たちの多種、多様な意欲、
可能性に対する追求する姿勢です。

生徒、学生ともに学ぶためにやってきて、自分の成果をつかんでいる。
彼らは学校が自分に何をしてくれるかを期待するのではありません。
また、そこに所属することで安堵して、本来の目的を離れて、
活動をするわけでもありません。
もし、彼らが学ぶ必要性、必然性を認めなければ、
そこに留まる意味は見出さないでしょう。
そして、受け入れる側もそのような人にあえて
残ってほしいなどとは望まないでしょう。

学生たちは、学校名や学歴が自分の将来を作ったり、
保証したりしてくれるなどとは思っていません。
彼らは一所懸命に自分のやりたいことを考え、計画を立て、
それを上手に実践できるための先生を探し、教えを乞い、
自分の将来に役立てようとしています。

彼らは知っていることのみを問題にせず、
自分が知識をどのように生かせるかということを考えます。
彼らは大学に入学する過程で、試験のための勉強を中心に高校生活を
送ることは決してありません。
それが彼らの人生にあまり役に立たないことを、学生のみならず、
教える側も最初から認識しているからです。
知っていることの基礎を確認するというのが、共通試験の目的ですから、
そのような試験は、自分が希望する時に受けることができます。

自分がどうしたいのか、その答えを探すために学生たちは、
大学においても自分のために、勉強に励んでいるように思います。

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