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日曜コラム 真夏のニュージーランド2019-02-17

今週はニュージーランドにいます

日本を発つときは、成田空港付近は雪がちらつき、もしかすると
フライトキャンセルになるのでは・・・などと心配でしたが
NZ90便は予定通り成田を発ち、10時間余りのフライトで
オークランドに到着しました
乗り継いでクライストチャーチに到着し、
最初の訪問校、St Bedes Collegeではシャカシャカと蝉が鳴き
ホットな真夏の風が緩やかに流れていました

真冬から真夏へ、一日で季節をワープしました
慣れた学校訪問とはいえ、極端な季節の変化にグローバルを感じます

今回の学校訪問ではかなりの距離を走ります

その総距離は1000キロを軽く超えるのではないかと思います
訪問する学校も8日間の間に11校を数えます
アメリカボーディングスクールでは、1日に3校を訪問することはできませんが、
ここニュージーランドでは1日に4校を訪問することも不可能ではありません

なぜ11校という学校数を8日間で1000キロを
踏破する距離を走って訪問するかというと、訪問するご家族に学校だけでなく
ニュージーランドそのものを見て、感じてほしかったからです
今回訪問したそして訪問する学校は下記のとおりです

St Bedes College ●
Papanui College
Cashmere High School
Roncalli College
St Kevins College ●
Otago Boys High School ●
Kavanagh College
Bayfield College
Gore High School
St peter’s gore ●
Wanganui Collegiate School ●

アメリカボーディングスクールとは違いニュージーランドの中等教育機関
留学生の受け入れは基本的にはホームステイになります
これらの学校群のうち寮のある学校は●印の5校です
他の6校はホームステイです
ホームステイの学校も選択した理由は
日本人卒業生で私が担当した生徒がいて、彼らが当初の目的である
卒業を果たしたからです

ホームステイはあたりはずれがあります

はずれた場合は、なにが問題かそれを明確に留学生担当者に申し述べれば
ニュージーランドの場合、ホームステイの移動はそれほど難しくはありません
それ故に、まずはニュージーランドの多様な学校を日本から訪問し
その現実を見てもらい、日本人留学生の意見も現場で確認したうえで
学校の選択をするのが本人が納得する留学を目指すための第一歩と思い、

私は今回の学校訪問に臨んでいます

ボーディングスクール ― ♯2 授業について2019-02-14

<火日曜のブログに続きます>
ボーディングスクールの文科系のクラスのディスカッションについて前回のブログで述べました。

その前のブログ、日曜コラムでは「危機感」という人の心理が歴史を動かす要因として、ボーディングスクールの授業で取り上げられ、ディスカッションが行われることを述べました。

テンスクールズやESLのない入学難易度ランク4のボーディングスクールでは、生徒が選択できる科目が多くなり、フィリップスアカデミー、エクセターを例に挙げると9年生から12年生で教えられる総数は400にも達します。日本の高校では、生徒が選択できる科目数を増やすという教育概念はないと思います。
その代わり、日本ではテストでの得点を基準にして特進クラスが設けられ、大学進学のために勉強の良くできる生徒を集めて特別なクラスが編成されるようです。

おそらく、特進クラスで行われることは、大学受験対策として、より広範な知識をより多く暗記することではないでしょうか。それが出来る、あるいはそれに耐えられる生徒が学習能力のある生徒であり、彼らの視点、発想力、興味、好奇心などは特進クラスにあっては問題にならないのではないでしょうか。

特進クラスの生徒のみが少人数クラスであったり、ディスカッションやプレゼンテーション、さらには自主的リサーチなどが行われたりするということはあり得ないことでしょう。

ボーディングスクールでは生徒ひとり一人の個性や特性は尊重され、大切なものとして扱われますが、日本では、それと授業が直接結びつけられるようには、中等教育の授業は組まれていないように思います。個性よりも、覚えるべきことを、科目別にどれだけ短期間に徹底できるかということが長年にわたって研究され、その傾向はこれからも続くのではないかと思います。

近年、日本ではグローバル化の影響を受けてか英語力の向上が重視され、大学受験においても4技能が取り入れられるそうです。4技能とは、読み、書き、聞く、話すですが、すべての中学、高校生がこの影響下にあるとすれば、覚えるべきことが多くなっただけで、果たして生徒たちの英語力は伸びるのでしょうか。

私はこれからの教育は、やらされるのではなく、自分でやっていくことに重きが置かれるべきではないかと切に思います。それは、やらされる人生ではなく、自分でやっていく人生の基礎を、中等教育時代に作ることになるからに他なりません。

ボーディングスクール ― ♯1 授業について2019-02-12

<日曜コラムに続きます>
ボーディングスクールでは、歴史、文学作品など文科系のクラスで
危機感をテーマとしてディスカッションになることを私は
10日の日曜コラムで述べましたが、人の精神を考えるうえで
危機感と対局にあるのが増上慢ではないかと思います

日本であれば中等教育の授業において、危機感とか増上慢といった
人々の心理的な問題が論じられるということはないと思います
それは、いわば試験には直接関係のないことで、
生徒たちが覚えなければいけない社会や国語の項目が膨大にあるなかで
いちいちそのようなことでディスカッションなどしていられないというのが
現実ではないかと思います

そのような日本の中等教育の現状と比較して

ボーディングスクールの文科系のクラスは生徒同士
先生がお互い向き合う楕円形の配置で行われます
その理由は、議論のときに相手と対峙できるようにするためです
ひとクラスの人数も15名以下です
人数がそれ以上多くては1時間余りの限られた時間でのディスカッションで
それぞれの人が発言したくてもできない可能性が高くなってしまいます

そこで改めて疑問に思うのは、ボーディングスクールでは大学のゼミのような
授業が行われているようだが、果たして彼らの学力はアイビーリーグが
要求するようなレベルに達することができるのだろうかということです

この疑問を私に投げかけたのは、自らが大学院MBAを終了し、
大手企業のシンクタンク勤務から独立して
いくつかの会社を経営しているお父さんでした
アメリカで高等教育を受けて、我が子を中学時代から留学させようと
思っている人でさえ、日本の中高時代の暗記学習のイメージから
解放されることはないのですから、ボーディングスクールの教育を
理解するのは、一般の日本人にとっては、極めて難しいのかもしれません

ボーディングスクールでは、入学難易度が高くなればなるほど
少人数クラスと議論の内容が高等教育に近づくように思います
そこでは知っていることが問題にされるのではなく、着想や発想
そして意見の論理性とその根拠となる情報の信憑性などに重点が置かれます
つづく

日曜コラム 危機感について2019-02-10

危機感は個人的なレベルから国家的レベル更には地球的なレベルで
とても大きなエネルギーを生み出す人の感情ではないかと思います

国家レベルの危機感、その好例を日本の明治維新に挙げることができると思います

日本がそれまでお手本にしてきた中国がアヘン戦争でイギリスに敗れ
欧米に侵略されるのを目の当たりにした維新のリーダーたちは、
「次は日本」という危機感を抱きました
結果、極めて短期間の間に、日本を欧米に負けないような強い国にしました

日本に関してもう一つの危機感があるとすれば第二次大戦敗戦ではないでしょうか

この時は日本に住む人々すべてが危機感をもったのではないでしょうか
どん底的な貧しさから這い上がるためにみな危機感をもって一所懸命に
生きた時代が敗戦後の昭和という時代だったように思います
戦争で生死の境を体験した人たちが復員しどん底から這い上がるとともに
戦争に参加しなかった人たちも多くが生死の境を経験しました
その危機感が生んだエネルギーはすさまじく、逞しくあった故に
日本は、世界が驚く復興を遂げたのではないかと思います

話は全く変わり、個人的な例で恐縮ですが
私がサンフランシスコ郊外のカレッジオブマリンという公立大学に留学した
1979年4月からの2年間、留学生組で一番強かったのは
ベトナム人難民(refugee)だったように思います
体力的にも言語面や文化面でも決して優位ではない彼らでしたが
その学習力、順応力に私は驚いたものです
帰る国がないという危機感が彼らをして生きるエネルギーを
燃焼させたのではないかと思います

「危機感」を中等教育課程で教えられないものかと思います
アメリカボーディングスクールはそれを実践しているように思います

ボーディングスクールの歴史や国語の授業で議論されるのは、
歴史的事件の背景であり原因と結果です
年代と事件の概要を暗記することではありません
また文学作品においては、作者の意図が議論の主たる内容になります
そこには危機感という人をしてエネルギーを発する要素が沢山あります
ボーディングスクールの先生たちはそれを見逃さず
議論のテーマとしていと思います

おそらくは、日本の中等教育に携わる先生たちも生徒に暗記させるための
授業でなく、彼らに考えさせ、行動を起こさせ、ひいては
自利利他の精神を築くための授業をしたいのではないでしょうか

日本が経験した歴史上の危機感がこれから
どのような形で起こるかそれは誰にもわかりません
教育が、自ら危機感を作り出しそれを解決する方法を
学ぶための生きていく力の糧になってほしいと私は思います

ボーディングスクール―1年間の留学2019-02-07

ボーディングスクールへの留学は、中学、高校を卒業する目的でなく、1年間あるいは数か月間の留学も考えられます。

ボーディングスクールに合格することは、その学校を卒業するまで受け入れるということを意味しません。学校側は1学年ごとにすべての生徒の再入学を検討します。その時期が今頃で3月になると9月の新学年に何年生として受け入れるという契約書が生徒に送付されます。

その年に生徒が重大な規則違反を犯したり、学業成績に問題があったりする場合は、翌年度の受け入れのための契約書は送られません。その代わりに、学校は当該の生徒に退学勧告をして、その生徒との入学契約を打ち切るということになります。
生徒側も学校への再入学を年度ごとに検討し、自分がより入学難易度の高いボーディングスクールにチャレンジしたい場合には、もちろん再入学手続きを行わずにあらたな学校に移るということになります。

継続の有無は生徒と学校、相互に3月に決定するというのが、北米のボーディングスクールの慣習です。

もし、日本からの留学生が当初から単年度留学を考えていてもいなくても、それをあえて入学の時に表明しなくてもいいと言えます。
最初は1年間だけの留学のつもりが、複数年あるいは、卒業を目的とする留学に変わる場合もあります。しかしながら、卒業の目的で留学した生徒が単年度で帰国するということは、中学、高校留学の場合、ほとんどありません。

日本の中学、高校生の留学事情としては、まだボーディングスクールへの進学を検討する生徒は極めて稀と言えるでしょう。その代わり、学校が主催する1年間の留学や夏休みなどに行う短期の留学はかなり増えていると思います。
しかし、留学先校を生徒が自ら選択したり、あるいは受け入れる学校が生徒を選択したりすることは一般的ではありません。
これからは、1年間の留学であっても、ボーディングスクールへの留学を考えてはどうかと思います。生徒が複数の学校から留学先を選択できる、そのために留学に1年間あるいはそれ以上の準備をするなど、単年度の留学であってもかなり内容の濃い留学が可能のようにおもいます。

従来のホームステイプラス公立高校の交換留学という考え方は、すでに時代遅れになっていると私は思います。