#3 学校規則の運用-ボーディングスクール2017-08-04

<昨日のブログに続きます>
ボーディングスクールでは、喫煙は厳重に取り締まられます。風紀の問題であると同時に火の不始末による火災の危険性があるからです。
飲酒についても、未成年者の常習性についての懸念から、たとえそれが好奇心によるものであっても許されることはありません。ドラッグ使用に関してももちろん同様です。

寮生活という学校環境はそこで生活する生徒の安全性と公平な学習機会を生み出すために規則の運用に関しては、日本の学校とは大きく異なると言えます。

通いの学校がほとんどである日本は、学校から出てしまえば、生徒を管理することはできません。ボーディングスクールは、ウィークデーは24時間、生徒は学校の管理下にありますから、飲酒、喫煙、ドラッグ使用については、厳格にならざるを得ないと思います。

暴力についても、生徒同士の喧嘩程度では、日本では学校を退学になるようなことはないかもしれませんが、ボーディングスクールでは、暴力は許されないことです。どんな状況でも、腕力に訴えるようなことがあってはならないのが、ボーディングスクールの学校規則の根本にあると思います。

前日のブログでも述べましたが、ネット使用が不可欠であるボーディングスクールにおいては、その使用規定も日本では考えられない程、厳密に規定されていると言っていいと思います。不適切なサイトへのアクセスや、ダウンロードは厳禁です。

日常の授業でのネットの利用が進んでいるボーディングスクールでは、親への連絡事項は、おおよそ紙によるものはなくなりました。オンラインあるいは、電子メ―ルでの連絡がすべてで、郵送によるものはなくなりました。もちろん、Student Handbookも生徒の学校サイト内の固有アカウントにあるリソース(情報源)にあるものを閲覧し、必要であればプリントアウトするようになっています。

学校規則の根本は、その創立以来変わってはいないと思いますが、IT進むことによって情報が伝わるスピードが格段に速くなりました。その管理や伝達の方法などにおける生徒と保護者、そして学校の責任、義務といった問題はこれからボーディングスクールが取り組むべき課題が多くあるのではないかと思います。

Craighead Diocesan School訪問-中学・高校 ニュージーランド留学2017-06-03

前日に訪問した、ニュージーランド北島、マスタートンにあるSt Matthews Collegiate Schoolからパーマストンノースまで移動し、そこから空路クライストチャーチに飛び、レンタカーで200キロ余りを走り、ティマルにあるCraighead Diocesan Schoolを訪問しました。

St Matthews Collegiate Schoolでご紹介したYear7、8の必須科目に続き、今回はニュージーランドでのハイスクールにあたる9年生から13年生の科目選択についてCraighead Diocesan Schoolを例に取って考えたいと思います。

この学校の基本情報は下記です。

女子校
学校種類:Integrated School(私立で始まり現在は国の援助を受けている)
総生徒数:336人(寮生112人、通学生224人)
学年:7年生~13年生(中学1年~高校3年)
留学生(寮生)受け入れ学年:7年生~12年生
創立年:1911年
留学生数:14名
現在の日本人生徒数:4名

この学校では、7年生から8年生をJunior、9年生から10年生をMiddle、そして11年生から13年生をSeniorと定義しています。
9年生、10年生のミドルは、日本の中学に相当すると考えられますが、実際は、7年生(日本の小学校6年生)から10年生(日本の中学校3年生)の授業のコア科目(主要必須科目)は、英語(国語)、体育・保健体育、数学、理科、社会で選択の余地はありません。
唯一、外国語が9年生(日本の中学2年生)から選択になります。7年生、8年生時まではマオリ語、フランス語、ドイツ語は必須となります。

9年生、10年生のMiddle Schoolは、ニュージーランドでは、選択科目が増える11年生に向けての移行の時期と捉えています。
自分の好きな分野や学習志向性をこの2年間で見極めることになります。

11年生になると、社会、テクノロジー(コンピュータ関連の授業)、芸術(音楽、絵画、演劇を含む総合科目)が完全選択制となります12年生になると、理科、数学も選択制に加わります。12、13年生の必須はこの学校では、倫理社会(キリスト教に基ずいています)のみとなります。

このような科目構成がニュージーランドの中学、高校の標準 です。
つづく

日曜コラム 勉強とは、勉めて強いることでしょうか2017-03-12

シェークスピアの昔から学校とは
勉めて強いるところという通念があったようです。
ロミオとジュリエットでの一場面、

「恋人のところへ行く時は、学校の生徒が教科書を離れるときのように嬉しいが、
恋人と分かれるときは、重い本をさげて学校へ行く時のように悲しい。」

やれやれ、16世紀の昔から、学校、勉強は子どもたちにとって、
楽しいところではなかったようです。
日本の寺子屋にしても、子どもたちに課せられる課題や義務は
彼らにとってワクワクするものでは決してなかったでしょう。

私的な経験で恐縮ですが、小学校二年生から父の下で仕事をしていた人に
勉強を教えてもらいました。今でいうところの家庭教師です。
その人のお父さんは出征してお亡くなりになり、
彼のお母さんは、女手一つで3人の子を育て上げました。
私の家庭教師の先生は、末っ子で、当時父が務めていた会社の
夜間高校を成績優秀で卒業し、社長賞をいただいた秀才でした。

四年生になった時に、隣に住んでいた同級生、
カズオ君とその先生のご自宅に通うことになりました。
週に3回、午後七時先生の家の玄関を開けて、
「こんばんは~」とやるわけですが、
私とカズオ君の最も嬉しい瞬間は、先生のお母さんが襖の向こうから
「ごめんねぇ、まだシゲミツ、帰ってきていないの、仕事が忙しいみたい」
我々は、咄嗟に「え~、残念・・・」と低く悲しげな声で
ご返事をするわけですが、その時、カズオ君と私は、
満面の笑みで両手を突き上げるのでした。
二人との帰りの自転車、行きの二倍の超スピードでした。

今、勉強の概念が変わろうとしています。
強いられるスタイルから自主的にスタイルへ。

おそらくそれは、世界の変化に連動しているのではないでしょうか。
知識はどれだけあっても無駄にならないという時代から、
それは、必要に応じて、必要なだけ、取り出すという選択の時代に
世の中が大きく動いているように思います。

それ故に、言われたことを正確に実行することを積み重ねて、
大きな実績を築いていった時代から、
自主的に発想し、自主的に行動し、結果に結びつけるという
自分スタイルがオーケーどころか、求められる時代になったのでは
ないかと思います。

「若い時にもっと勉強しておけばよかった」と今まで、
何度もいろいろ人から聞いてきました。
それはとりもなおさず、勉強がそれほど苦痛なものではなく、
知れば知るほど面白いと思うからこそのおとなの発言なのでしょう。

勉強は楽しいものだということを、ボーディングスクールの先生たちは
教えるために日々、一所懸命に学校で考えています。

日曜コラム 新学期の始まり2017-01-08

正月の第一週が終わります。

月曜日から日本では学校が始まり、朝の通勤時間帯の混雑が日常に戻ります。
日本では、冬休みは正月が中心でその前後1週間程度ですが、
英語圏の冬休みはクリスマスを中心に2週間程度ですから、
正月三が日で北半球に留学している生徒たちの八割くらいが学校に戻ります。
お正月気分が抜けないまま、混雑激しい空港から旅立つ留学生たちは、
初年な度は少しばかり辛いでしょうが、2年目以降は、
新たなお正月ルーティーンに慣れるように思います。
すなわち、楽しいことは年内にいろいろと計画するということです。

南半球に留学している生徒たちは、正月休みは二か月に及びます。
そして、1月末から彼らの新学年が始まります。
学校に戻るとそこは夏、日本との季節の違いに驚くのは、
初年度の数日間だけで、若い彼らは新たな環境にすんなりと
適応して行くように思います。

北半球に留学している生徒たちのほとんどが日本でいえば、
北海道のような気候の地域に戻っていきます。
この時期の最低気温は摂氏-20°も珍しくありません。
朝、シャワーの後、寮からダイニングホールに行くまでに「髪の毛が凍る」、
「濡れたタオルが瞬時にバリバリの板のようになる」など
その寒さは日本では経験のない生徒が多いのですが、
それでも「帰る」などと意気地のないこと言わないところが、
年齢性別に関係のない、人間のとしての順応力の高さと生きていく力の証です。

北海道のように降雪が当たり前のアメリカ東海岸への学校訪問は
この時期、なるべく避けるようにしました。
しかし、後期からの入学を希望する生徒の学校への同行や
ニュージーランドへの学校訪問はこの時期でも問題ありません。

2017年、成人の日には、厳寒の地カナダにいます。
今年最初の同行のミッションは、後期より入学する生徒の
入寮と学校生活準備のお手伝いです。
先着したお母さんからのメールによるとトロントから現地に向かう
途中での外気温は-13°だそうです。
外さえ出なければ、室内はTシャツでオーケーなのが、
北米の東海岸地方の習わしですが、今回は安全を考えて、
レンタカードライブを避けるとともに、
学校施設見学で長時間(といっても20分くらいですが)
外に出ることもありません。

今年もまた、留学生たちの忙しい学校生活がいよいよ始まります。


#2 メンター制度について2016-03-02

<昨日のブログに続きます>
日本からの留学生にとって、メンターというボーディングスクールの制度がうまく使えないのは、英語力の問題というよりも、日本と英語圏の人間関係の認識の違いにあるように思います。

日本の学校の場合、基本的に教育は与えられるものと生徒たちは考えていると思います。覚えるべき教科書が与えられ、それに基づいて授業が行われ、先生が教科書の要点を解説します。更に試験に出る箇所をより詳しく学び、繰り返して参照するという方式に慣れてしまっている日本の生徒は、課題が与えられてそれについて調べたり(リサーチ)、考えたりすることに慣れていません。

この学校での習慣は課外の活動においても同様に見られていて、先輩にあたる人たちが後輩の世話をやく代わりに、後輩は先輩の指導やアドバイスに従うというのが、日本式メンターではないかと思います。
英語圏のメンターというのは、日本でいう先輩後輩関係ではありません。立場的には対等と言ってもよく、メンターにあたる人は、自分の持っている知識と経験から新入生にアドバイスをします。Do you have any questions?というのがメンターと新入生の関係の挨拶みたいなもので、Yes, I do. I have a question about・・・というようにコミュニケーションが進むのが、メンターにあたる人にとってもっとも自分の力を発揮しやすい状態なのだと思います。

助けは与えられるのではなく、こちらか求めるもの、そして求めなければ、与えられないということが、留学生に理解できたときに、メンター制度をもっとも上手に使うことができるのではないでしょうか。
留学生はいつでも何が自分にとって問題なのか、その問題をどのように解決するのが良いのかについて自問自答を繰り返し、自分自身を理解することで、メンターという制度を生かすことができると思います。

この問題解決のサイクルというのは、知識を増やすことだけに集中する勉強と違ってかなり汎用性の高い自己啓発になり、高等教育へと結びつけられると思います。

日本では、高校までは、教科書がありますが、ボーディングスクールには日本のような教科書はないといえます。できることであれば、教育のありかたの違いについて、メンターにあたる人と留学生が話し合えれば、現地への慣れも加速されると思います。

今までとは違う学校のり方に着目して、その素朴な疑問をメンターにぶつけることができれば、それは異文化理解の大きなステップアップとなると思います。